地震経験からみなさんにお伝えしたいこと

(長文です)

 

4月14日に地震が起こってから、12日目となりました。

 

被災した方は、まだ避難場所で不便な生活をされていらっしゃいます。

 

私は、一昨日にガスも復旧し、部屋もきれいになりましたので、生活状態はとりあえず戻りました。

 

ですが、まだ余震があり、いつでも逃げられるような準備、夜も逃げられるような恰好で寝ています。

 

私の家は、震源の益城からほぼ10キロくらいの場所にあり、14日の前震もかなり揺れて、本当に怖い思いでしたが、平屋でしたので、家具なども倒れず、食器棚もたまたま近くにいたので、扉が開かないようにおさえられて、食器はほとんど割れませんでした。

 

その後、浦安で震災(液状化)を経験した兄から電話がすぐかかってきて、「中越地震は30分くらい後に揺り返しが来たから、用心しろ!」と言われて、すぐにガムテープであぶない家具の扉を養生したり、壁の額を外して回り、やかんなどに飲料水をため、懐中電灯などをあわてて準備しました。

 

そうしたら、案の定、何度か余震がきました。

 

益城には親せきがいるので、朝になり連絡し、家の中はぐちゃぐちゃで、水もとまっているとのことだったので、水やお菓子、おにぎりなどもっていきました。

 

その夜は、親せきを自宅のお風呂に呼んで、まだゆらゆら揺れてるよね~。。。

 

なんて話していたら、深夜にまさかの本震がやってきました。

 

 

この恐ろしさは尋常ではありませんでした。

 

なぜかというと、前震よりも大きかったし、なにより、ありえないでしょう!

 

これまでの地震のパターンじゃないんですから、それが一番怖かったです。



大げさかもしれませんが、地獄かと思いました。

 

なんでこんな目に合うの!

 

死も頭によぎったし、



家はバンバン、ガタガタ、もうどうなるの?

 

もしかしたら倒れるんだろうか?

 

家を失うかもしれないという恐ろしさも感じました。

 

だって、どのくらいの揺れまで家が耐えれるかなんてわかりませんから。。。

 

そのときに、停電しました。

 

怖かったので、居間で両親と三人で並んで寝ていたんですが、私は懐中電灯を近くにもっていたので、それで明かりを取り、とりあえず、県庁に避難しようか、どうしようか、とりあえず身支度して、外に出ました。

 

すぐ近所に一人住まいの親戚のおばさんがいるので、安否確認に行き、数名近所の方も出ていて、何度も携帯の警告アラームがなり、道で立って入れないように数回揺れました。

 

明かりがないなら、とりあえず県庁に行ってみようと、行くと、たくさんの人がもう来ていて、その夜は、県庁で一夜を明かしました。

 

その間も大きな地震があり、南阿蘇や大分のほうで地震が起きました。


明るくなって、家に帰ると、電気は戻っていましたが、水道とガスが止まっていました。


家具などはほとんど倒れておらず、私の無謀に重ねていたホワイトボックスなどが倒れたり、書類などはぐちゃぐちゃでしたが、破損はそれほどありませんでした。

 

家は瓦がずれたり、外壁に亀裂があったり、廊下のドアが閉まらなくなっていたり、天井が少し外れたりしていました。



食事は、IH調理器が1台と電気ポットがあったし、ごはんは炊飯器で炊けるので、食べることにはほとんど問題なく、冷蔵庫やいろんなところに何かしらの買い置きがあるので、10日くらいは何とかなるだろうなという感じでした。

 

トイレはお蔭さまで県庁がずっと使えて、歩いて1分で行けるし、水はこれまた歩いて30秒で熊本市上下水道局ですから、お水ももらえるので、助かりました。



瓦は少し外れていたけど、知人にちょっと治してもらい、雨漏りもせず、お風呂も画図にすむ母の知人宅にお世話になりました。

 

食べ物や日用品も19日には、天草の親戚が買ってきてくれました。




16日以降、3日ほど夜だけは県庁に避難しましたが、その後は、水が復旧し、トイレも家でできるようになってからは、避難もせず、ガスがないということが多少の不便でしたが、それも解消したし、お店も空いて、買い物もできるようになり、夜は、相変わらず怖いなあとは思いますが、その思いも、だんだんとは薄れては来ています。



でも、やっぱりまだ収束したわけではないので、準備と心構えはしています。




今回の地震は、まったく寝耳に水の話ではなく、以前から起きるかもしれない断層だったことは、なんとなく知っていました。



しかし、私も、おそらく多くの人が、準備をしていたでしょうか?



東北での震災があったににもかかわらず、準備は何もしていませんでした。



幸いなことに、電気が止まらなかったこと、水も翌日から手に入ったこと、備蓄の食料があったこと、そして家が無事だったことで、何とかなりました。



だから、テレビで報道されたように、食べ物、飲物が不足して、、、大変というような目には合いませんでした。



本当に被害がひどく家を失ったような人たちは、どんなに家に備えていても、使えないでしょうが、それ以外の人たちは、もし自分たちでなんらかの準備をしていれば、数日は行政などからの援助が来なくても、なんとか自力でやっていけるようにしていなくてはいけないなと、つくづく感じました。

 

私も電気がなかったら、カセットコンロのガスも2本くらいしかなかったから、ごはんも炊けなかったろうから、かなり苦労したでしょうね。



益城町はそれほど大きな町ではありません。

 

役場の人が何人いるでしょうか?

 

同じく、熊本市もほぼ市内全部が非難したり被災しているので、どこも人は足りないし、応援もままならないでしょう。

 

災害は想定外が起こるから災害だと思います。

 

まずは、個人レベルで最低3日分(3日分でいいのかわかりませんが)の水と食料は確保しておく必要があるのではないかと思います。

 

 

 

簡単にごはんも食べれなくなるし、お風呂にも入れなくなるし、トイレにも行けなくなります。

 

ぜひ、みなさん、準備はしておいてください。

 

 

準備していたけど、何もないじゃないか~!ってなったほうがいいではないですか。

 

 

ぜひ、準備しておいてください。

 

 

 

 ☆☆☆LOVE&LIGHT☆☆☆