スピリチュアルと現実世界

最近あまりブログには書かないのですが、スピリチュアルな話をちょっとしてみようと思います。


ちょっと先日質問いただきましたので、それに絡めた感じで、私個人がとらえたスピリチュアル探求の答えみたいなものです。



スピリチュアルというのが、真我、魂、大いなる存在などといわれるようなものと捉えるならば、現実世界というのは、その中に含まれていると思います。


現実の世界は、私たちの心が具現化した世界といわれています。


心は見えないけれど、そこにあるいろんなエネルギー、感情や観念というものが現実の世界を通して表現されています。


自分の心の中にあるものを、現実の世界を通して見ることができます。


因果の法則とは、世界に映された自分の心をどう捉えているかということだと思います。



すべての原点は一つであり、真我(魂)です。



それは、映画のスクリーンのようなもので、心は映画そのものだそうです。


スクリーンは常にそこにあり続けますが、映画はアクション映画やコメディー、ラブロマンスなどいろんなものがあり、スクリーンに映し出されては、消えていきます。


しかしスクリーンは変わらずにあり続けます。


たとえ映画の中で町が火事になって燃えても、スクリーンは燃えることもなく、何も影響されません。


それが本当の私、真我だと言われています。


私たちが、”山田○○、鈴木○○”といった自分(自我)を私と思っているのは、本当の私とは違います。


スクリーンに映し出された映画なのです。


それがどんな映画でも、スクリーンは影響されません。



私は、スピリチュアルな世界とは何だろ、見えない世界とは何だろう、自分とは何だろう、いろんな疑問があったり、心の悩みを解消するには、人生を変えるにはどうしたらいいのだろうといろいろと探求した結果、”ラマナマハリシ”という覚者の書籍に出会い、大きな理解を得ました。


スクリーンの例は、その中の解説です。


私たち人間は、知性が発達し、それがこの世界を大きくしていったのだと思います。


左脳は理論や知性をつかさどり、右脳は感覚や直感をつかさどります。


また左脳は男性性(能動)、右脳は女性性(受容)とも関連しています。




スピリチュアルな世界は、左脳だけの頭での理解ということはできないと思います。


なぜなら頭を超えた統合された一つの存在だからです。


直観や感覚を使って感じ、自分の中にある感覚を信じて感じてみれば、スピリチュアルとは何なのかが理解できると思います。



さまざまな考え方や理論のようなものもたくさんありますが、どれが正しいとか間違っているということではないと思います。



むしろそのような理論や考えを捨てたとき、スピリチュアルや真実がわかるのだと思います。



私も色やオーラ、見えない存在などいろんなものを多少学んできましたが、どうしてこのようにたくさんの考え方や流派があるのだろうかと思いました。


ある人には、理解できたり認識できるのに、ある人にはできない。


ある人には、オーラが存在するし、ある人にはそんなものはない。


天使が見える人、見えない人、幽霊が見える人、見えない人。



どういう感覚を持っていても、それは何が見せているのだろう。


それぞれの心にある観念が見せている。


つまりスクリーンに上映されている映画に過ぎない。


私たちは、スクリーン自体なのです。



どんな映画であろうとこだわらず、ただありのままを受け入れ、頭で考えることをやめてみると、素晴らしい世界が現れ、自分がもっていたすべての疑問はなくなり解放されるのではないかと思います。



参考図書

ラマナマハリシとの対話第1巻~3巻