本当にやる必要があることやってますか?

昔一生懸命やった経験が、人生の中でなかったな~。。
とあるとき思ったことがりました。
一生懸命必至に勉強して、受験に合格した。とか必至にやって勝ち取ったというような。。。


それってまずいにかなと思ったとき、ある資格をとるのに、論文書いたり大変そうだったのですが、やってみたほうがいいかなとある人に相談したら、


”そんなバカなことやめなさい!”と言われました。


なんだかそれで、ほっとしました。
大学も論文なしで卒業できて、楽だったんです。
こんな楽でいいんでしょうか?

ってどこか罪悪感あったんですが、

”そんなバカなことやめなさい!”の一言で

”いいんだ~!!”と思えるようになりました。


その人は、不登校の子供に、一般的に思われる立場上は、学校行かせるよう勧めるような立場だったにもかかわらず、

”学校行かなくていいよ!”

って言って、結局、その子は、学校に行くようになった!

んですがね。


人って面白いね、罪悪感とか、絶対こうしないといけない。。。という強迫観念のようなものがあると、それだけで苦しい。

事実は、学校に行こうが行きまいが、それが問題ではない。


だって、学校行かなくても、人生に成功している人はいっぱいしるし、学校にいっても人生に失敗している人もいっぱいる。
じゃあ、自分にとって学校に行くということは、何の意味があるのか。

その意味にそうなら行けばいいし、沿わなければ行かなくていいということです。

それは、自分自身に従えということ。

”そんなバカなことしなくいいよ!”って言われて、
”頑張ったことが人生でない。。。”という罪悪感が、
”よかった~!論文書かなくて卒業できて、ラッキー!!”
と変わる☆

まあ、その論文書かなくてよかったゼミの教授は、”スプーン曲げ”とか”手相”とかもやる面白い先生で、かなり頭もよかったです。どこか高い思考から論文欠かないでOK出していたんでしょうね。

結局論文かいて資格取ろうとしていたところも、はじめは自分にあっていたけど、結局は、だんだん増える講座、お金もかかる、
スピリチュアルなことを学ばせるならば、”すべては一つ”とかいうのに、なんでそんなにいろんなもの増えていくの?
むしろ一つってところに向かせたいなら、シンプルになっていくもんでしょう?
そんなに頭使って学ぶのはなんか???て思ってそれ自体やめたんです。

たぶんそこは、自分の考えと最終的には違うものだったので、論文とかも実は苦手、それに関連する本もどうも手に取る気にならない。。。という自分の性格や直観に合うかどうかで決めるが一番だと思いました。

でも、罪悪感や社会通念に照らし合わせて。。。なんて考えると、自分がダメな人間に思えたり、不安や恐怖にさいなまれる。


立場上や威厳ありそうで、偉そうに思える人(偉い人はいない、みんな同じ)や社会的に照らし合わせたりすると、迷うこともあります。あるいは、気づかないうちにいろんな観念は刷り込まれています。

でも、その迷いから、本当の自分の進む道を選択していくことは、自分の観念を取り払い、心を自由にし、楽になる。

結局、一生けん命勉強しても、楽してもどちらでもいいんです。

自分にとって、こっちがいいな!とただ思う選択さえすれば。。。


とは言っても、簡単にいかないことありますが、私もそういう選択していきたいと心がけています!