ジャッジしないで物事を見ると幸せになる!

久しぶりに、ちょっとスピリチュアルなこと書きますね。

何かを見たとき、やっているとき、とにかく普段行動しているとき、人は、頭でいろんなことを考えています。

一瞬一瞬、頭の中で、その出来事を理解するために、結論や理論を立てています。

または、何かやりながら、昨日のこと、明日のことをいろいろ考えたりしています。

たとえば、何か出来事が起こったら、なんで起きたのだろう、こんな理由だろうと考えたり、誰かの行動に、それはいいことだ。悪いことだ。などとジャッジしたりしていませんか?

ジャッジるすると、自分が許せる範囲、認められる範囲、自分の意見と同じことには、OKだったり。自分の気分は良くなるでしょう。

でも、そうでないこと。許せない、それはおかしいでしょう。と反対のことなら、腹が立ったり、気分が悪くなったり、出来事やその人に対して、嫌な人だとかきらいになったりしませんか。

本来、そんなことは世の中にたくさんあります。

全部自分と同じ意見、同じ感覚のものなどありません。

だからこの世は成り立っているといっても過言ではありません。

でも、それにいちいち反応していると、自分を責めるか相手(自分以外)を責めるかどちらかになります。

これはいい、これは悪いと決めることに私たちは慣れすぎていますが、本来いいいとか悪いということは、自分の価値観、主観にあるだけで、相対的に判断できることではありません。

冷静に考えたら、わかりますよね。

でも、常識的におかしいでしょう?

とか言っていると、その常識も日本の常識は、世界では通用しないということと同じで、自分に通用しても、もう隣の人には通用しないのです。

もし、何事も、ただ起こっていることをありのままに受け入れられたら、ただジャッジせず、それはただ、そうなんだ。と思えたら、その瞬間から、幸せになりますよ。